🏮 日本の祭り100選
来場者数の統計、国指定重要無形民俗文化財・ユネスコ無形文化遺産の指定状況、渡航メディアの記事をもとに、日本各地の祭りを5ジャンルにまとめました。根拠の強さは項目ごとに正直に記載しています。
祇園祭
869年の疫病退散祈願(御霊会)を起源とする、日本三大祭の一つに数えられる京都最大の祭り。豪華な懸装品で飾られた山鉾が京の街を練り歩く山鉾巡行は「動く美術館」とも呼ばれ、国内外から多くの観光客を集める。
天神祭
951年に始まったとされる大阪天満宮の例大祭で、祇園祭・神田祭と並ぶ日本三大祭の一つ。大川に多数の船が繰り出す船渡御と、フィナーレを飾る奉納花火が名物で、江戸時代の元禄期に「講」による組織化が進み現在の規模に発展した。
神田祭
神田明神の例大祭で、山王祭・深川八幡祭と並ぶ江戸三大祭、かつ祇園祭・天神祭と並ぶ日本三大祭の一つとされる。徳川家康が会津征伐の際に祭礼日に勝利したことから将軍家に厚く庇護され、江戸時代には「天下祭」として江戸城内に入る特別な祭りだった。
青森ねぶた祭
七夕の眠り流しと灯籠流しが融合して発展したとされる東北を代表する夏祭り。巨大な武者絵の灯籠(ねぶた)が跳人(はねと)とともに市内を練り歩き、東北三大祭りの一つとして国内外から多数の観光客を集める。
阿波おどり
約400年の歴史を持つ盆踊りで、「踊る阿呆に見る阿呆」の掛け声とともに連(グループ)単位で踊り歩く徳島最大の夏祭り。起源には築城起源説・盆踊り起源説など複数の説があり、藍産業の繁栄を背景に大正時代以降、観光資源として発展した。
博多祇園山笠
1241年に僧・円爾が疫病退散のために施餓鬼棚に乗って施水を撒いたことに由来するとされる博多の代表的な祭り。締め込み姿の男たちが舁き山を担いで街を疾走する「追い山」がクライマックスで、掛け声「おっしょい」は1996年に日本の音風景100選にも選ばれた。
よさこい祭り
1954年、徳島の阿波おどりに対抗する形で高知商工会議所青年団が創設した祭り。鳴子を手に自由なアレンジの楽曲で踊るスタイルが全国に広がり、1992年開始の札幌「YOSAKOIソーラン祭り」をはじめ全国各地の派生イベントを生んだ。
秋田竿燈まつり
「眠り流し」の習俗から発展し、米俵に見立てた提灯を稲穂のようにしならせて掲げる技が見どころの東北三大祭りの一つ。差し手が額や肩、腰などで巨大な竿燈のバランスを取る妙技は「動く七夕絵灯籠」とも称され、江戸期の文献にも記録が残る。
三社祭
1312年に始まったとされる浅草神社の例大祭で、100基以上の町神輿が浅草の街を練り歩く江戸随一の熱気を持つ祭り。名物大行列や本社神輿渡御など、勇壮な神輿担ぎで知られ、浅草の初夏の風物詩として定着している。
博多どんたく港まつり
戦国時代からの伝統芸能「博多松囃子」を起源とし、1872年に一度禁止されたのち祝日行事として復活、1947年から現行の形式で開催されている博多の祭り。しゃもじを打ち鳴らしながら市内をパレードする市民参加型の祭りで、ゴールデンウィークの一大イベントとなっている。
高山祭
春の山王祭(1652年まで歴史を遡る)と秋の八幡祭(1716年の記録が最古)を合わせて「高山祭」と呼ぶ。精巧なからくり人形や豪華な彫刻・金具で飾られた屋台が城下町を巡行し、日本三大美祭の一つに数えられる。
秩父夜祭
知知夫国の初代国造による祖神祭祀に起源を持ち、寛文年間(約300年前)に現在の形式が確立された「霜月大祭」。金色の装飾と極彩色の彫刻で飾られた笠鉾・屋台は「動く陽明門」とも称され、祇園祭・高山祭と並ぶ日本三大曳山祭・三大美祭の一つとされる。
長崎くんち
1634年、諏訪神社の例祭として遊女2人が舞を奉納したのが始まりとされ、当時のキリシタン対策としての側面もあった歴史的な祭り。龍踊(じゃおどり)など異国情緒あふれる奉納踊が特徴で、長崎の国際色豊かな歴史を色濃く反映している。
唐津くんち
寛文年間(1661~1673年)に始まった神輿の御神幸に、1819年奉納の一番曳山「赤獅子」を皮切りに曳山が加わって発展した祭り。漆の一閑張りで作られた14台の巨大な曳山が唐津の街を曳き回される勇壮さで知られる。
郡上おどり
中世の念仏踊り・風流踊りに端を発し、郡上藩主の奨励で領民の親睦行事として発展した盆踊り。約30夜にわたり開催される日本一長い盆踊りとして知られ、お盆期間の徹夜踊りには全国から踊り手が集まる。
山形花笠まつり
大正期の土搗唄を起源とする説がある「花笠音頭」に合わせ、紅花をあしらった花笠を手に踊り歩く東北四大祭りの一つ。1963年に蔵王夏祭りの一環として始まり、1965年に独立した比較的新しい祭りだが、1970年大阪万博やニース・スペインなど海外公演も行われ知名度を高めた。
山王祭
江戸城内に山車・神輿が入り将軍が上覧した「天下祭」の一つで、神田祭・深川八幡祭と並ぶ江戸三大祭に数えられる由緒ある祭り。1681年以降は神田祭と隔年で交互開催され、氏子町の負担軽減が図られてきた。最盛期には神輿3基・山車60本という大行列だったと伝わる。
深川八幡祭り
1642年、徳川家光の世継ぎ祝賀を機に江戸幕府の命で始まったとされる富岡八幡宮の例大祭で、神田祭・山王祭と並ぶ江戸三大祭の一つ。担ぎ手に沿道から清めの水を浴びせかける光景から「水掛け祭り」とも呼ばれ、江戸期には1807年の永代橋崩落事故を招くほどの人出を集めた記録が残る。